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そしてありがとう、甲斐雅人

2008年12月07日
A・ロッドがドミニカ代表でWBCに出場するそうです。楽しみです!

■高橋慶彦・ロッテ打撃コーチが猛打賞でMVP獲得(スポニチ)

高橋慶彦ロッテ打撃コーチが猛打賞の活躍で「OBオールスターゲーム」のMVPを獲得した。同コーチは往年のシュアな打撃と俊足を披露し、3回2死二、三塁の場面では本盗を試みるなど現役時代同様、ユニホームを泥だらけにして躍動した。7回の打席では大野豊氏から見逃し三振を喫するも“泣きの1球”を見事にとらえて二塁強襲安打。「ボクは昭和32年生まれでこの球場と同い年。ここで育ったし、最後に来られて幸せでした」と感慨に浸っていた。

往年のシュアな打撃?いや慶彦を本当に知っている記者ならそんな表現はしませんけどね。
今回のOB戦は行きたかったのですが旅費がどうしても捻出が出来なくて断念しました。
市民球場ラストのイベントなので”異例の慶彦のカープユニフォーム”になりました。それでもね、慶彦ファンは嬉しいですよ。
慶彦は私の青春の1ページには必ず欠かせない人です。もう本当に大好きでした。彼以上に好きになった選手はいまだにいませんね。
彼は成績じゃない。守備も打撃も全然利にかなっているとは思えない。でもね、我武者羅な姿は誰よりもありました。
当時「ライト・ライトルさん」が彼以上に練習をしている人は見たことがないと。ですから世界一の練習の虫。スキー選手だったお父さんの脚力の遺伝をフルに生かして足で稼いだ選手。
こんな風にファンが共通して彼の功績や特徴を称することが出来るんですから凄い選手です。
過去カープベストナインで「ショート」は文句無く私は慶彦に1票。謙二郎すまん、私にとって慶彦は「神」ですから。それも前田じゃない。
このOB戦の出場。よくオーナーが許してくれましたね。将来コーチとして、いや監督として戻ってくる可能性を少し信じてもいいのかな??!
折角のOB戦でしたが私にとってはそこが焦点w


■惜別球人・甲斐 大ケガ乗り越えられず(スポニチ)

素質が開花することはなかった。それでも甲斐はプロで過ごした8年間に悔いはなかった。「なかなか経験できないことを経験させていただいた」
入団当初から大型内野手として期待は大きかった。4年目の04年には1軍初出場。05年5月31日ロッテ戦ではプロ初安打も記録した。「ボールは実家にすぐ送りました」。毎年、2月の日南キャンプに家族を呼ぶなど心優しい男には前途が開けていた。だが06年9月、1軍昇格直後に三塁へのヘッドスライディングが原因で右ひざじん帯を部分断裂。最近は後遺症との闘いが仕事となった。
今後は宮崎に帰郷予定も進路は未定。「話すのは苦手じゃないから営業職に就きたい」と前を向く。物事に常に全力で取り組み、後悔はしない。この男なら世間の荒波も越えていける。

トライアウトで3安打を放った甲斐でしたが11球団から声をかけてもらうことは出来ませんでした。引退となります。
実は変な縁があります。友人でいつもよくここにコメントをいただくガビーさんが彼の熱狂的なファン。
確か05年に尾形が西武球場で怪我をしてしまい、その翌日1軍に上がってきたのが甲斐。ガビーさんが当日は来れないと知っていたので私が変わりに甲斐の応援フラッグを作成。
簡単なものでしたけどね。「甲斐57」。
あとで聞いたのですが甲斐は母親に「おかあさん、ボクのがあった!ボクのがあった!」と(笑)
実際に3塁ベンチ上で彼に見えるように掲げたときに苦笑されました。あー、もう3年も前のことになるのか。
そのフラッグはもちろんガビーさんに託す。そしてマリンスタジアムで記念すべきプロ初安打。そしてそのフラッグを彼は甲斐家(甲斐のお母さんに)に贈呈w
昨年市民球場でお母さんとお会いしました(お父さんも)。あー、ホントね噂に聞いた人でしたねw
甲斐本人からも親子ゲームで2日連続でサインをいただきました。トライアウト終了後には少しお話も出来ました。
もうそんな楽しみも無くなってしまうんだなぁ・・・
甲斐のことについて語るのには私では足り無すぎます。是非ガビーさんの「さらば、甲斐雅人」をご覧下さい。
友人を褒めるのもなんですけどね。選手を大切にする、愛するってこういうことなんだなと思う日記です。
”甲斐くん”!今度は営業職ですか?私のほうが先輩ですよw 何でも聞いてね。
お疲れ様でした。そしてありがとう。君を通して色んな人と出会うことが出来ました。

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野球全般 | Comments(5) | Trackback(1)
Comment
OB戦、見てきました。まさかまさかの雪の中の試合開始ではありましたは、本当に面白い試合でした。楽しい、というか出ておられるOBの皆さんが本当に楽しそうに野球をやってたのが印象的でした。惜しむらくは、金城基泰氏、水谷実雄氏、江夏豊氏らの名前がなかったこと、また正田耕三氏の名前なかったこと。正田氏に関しては、まだ高橋慶彦氏との確執が残っているのかなぁ、とか思ったり。

それにしても、本人がおっしゃてましたが、引退試合のなかった高橋氏、また「都合により」最終試合で登板機会のなかった澤崎、小林幹英両投手コーチにはよい「引退試合」になったのではないでしょうか。
慶彦さんに会いに
と言っても過言ではなく、雪の中ノロノロと車を走らせ(つっても私が運転したんじゃないけど)行って来ましたよ私も(笑)
黄色い声援、戻って来いの叫び、ハゲチョビンオーナーに届いてなかったら一生恨む。
大人の事情はもうえぇじゃろー、と思うわけで。
早く私たちに慶彦さんを返して欲しいのでございます(T-T)

2年前?の東京カープ会。
背中で感じた慶彦さんの感触(サインだっつーの)が忘れられん(爆)
◇あだちさん
>金城基泰氏、水谷実雄氏、江夏豊氏
江夏さんはOB戦となると「阪神」のユニフォームを着るのが納得いきません。初めて優勝を味わったのはカープなのに・・
この日ばかりは着て出て欲しかったですね。
それとも正垣さん同様な理由で出場できなかったのか・・・
慶彦と達川の絡みを見たかったww

◇kaoさん
雪の中お疲れ様でした。
大人の事情はもう時効ですよね。
慶彦のコメントを見ましたが「戻ってきた」そうですね。
川口さんと一緒に戻って来て欲しいなぁ。
声援は力に
トミーリーさんはあえて書かれてませんが、甲斐君は、西武球場でトミーリーさんが掲げる甲斐フラッグを見た時に、「打席に立てれば必ず打てる」と確信したと、去年話してくれました。つまりトミーリーさんは初ヒットの生みの親。

僕が見ている日は、ヒットが多かった。初めて由宇に行った時は、僕が帰路についた後でホームラン。後でお母さんに「なんだぁ、ガビーさん僕のホームラン見られなかったのかぁ」なんて言っていたと聞きましたが、まるで僕のために打ってくれたといわんばかりで、嬉しくてくすぐったかった。

ファンの声援は、間違いなく力になるんです。彼との色んなやりとりを通じて、僕は知りました。
◇ガビーさん

>僕が帰路についた後でホームラン

そんなこともありましたっけね。
私も1本だけ市民球場で彼のヒットを見ることが出来ました。
あれが最後の1軍でのヒットだったかな。
甲斐くんを通していろんな人といろんな思い出が出来ました。

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行って来ました市民球場。 カープOBオールスターゲーム。 つーか起きたら辺りは真...
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