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優勝できたのは津田のおかげなんです

2012年01月14日
カープファンとして誇りを感じました。

■炎のストッパー!故津田恒実さんが殿堂入り(サンスポ)

 炎のストッパー津田恒実の名が、野球殿堂に永遠に刻まれることになった。会見には、夫人・晃代(てるよ)さん(48)、同時選出となった当時のエース・北別府学氏、すでに殿堂入りしている元監督の古葉竹識、山本浩二両氏が並んだ。
「カープが最後に優勝したのは1991年。津田が入院した年なんです。誰もが津田を思い、ポケットにお守りを忍ばせながらプレーした。だから、優勝できたのは津田のおかげなんです…」
山本氏が、何度も言葉を詰まらせながら、天国の津田さんに感謝の言葉を贈る。「本人の言葉を私が代弁させていただけるなら『自分が抑えで投げられたのも周りの選手が活躍してくれたから』と言うと思います」。晃代さんも目頭を押さえた。
同時殿堂入りとなった北別府氏は担当スカウトが同じだった縁で、津田さんを弟のようにかわいがった。1986年10月12日、ヤクルト戦(神宮)。北別府→津田のリレーでリーグ優勝を決めた試合だ。この試合、大量リードで8回をスイスイと投げ終えた北別府氏は、胴上げ投手をあっさり津田に譲った。「今シーズンの優勝は津田のおかげだから」と…。
「200勝の中でたくさん助けてもらえた。元気でいれば、きょうは祝杯を挙げていますよ」とは北別府氏。
津田さんを顕彰するプレートは、広島市民球場からマツダスタジアムに移設された。『笑顔と闘志を忘れないために』-。その遺志は永遠に受け継がれてゆく。表彰式は、津田さんの命日7月20日、京セラドームで行われる。

コージの馬鹿野郎・・・朝から泣かせるんじゃねーよ!

ペイさんは自身も受賞してツネゴンを称えるコメントも素晴らしいですね。
あのリーグ優勝は二人のリレーでしたね。私も現場(神宮)で見ていました。
青島健太への最後の一球はまだ鮮明に記憶に残っています。ボール3個は外れて見えました(笑)

そう言えば訃報を知ったのもオールスターの第一戦でした。
そして今回の表彰も7月20日。命日に表彰なんて凄いめぐり合わせです。
もしかしたら古葉さんや浩二が配慮をしてくれたのも知れませんね。

ツネゴンの投球フォームはルーキーの頃とストッパーのときは変化がありました。
ペイさんのフォームは非常に無駄のないフォームと野球ファンから評されますが、ツネゴンも入団したころも非常にしなやかでキレイなフォームだった記憶があります。

ホント、カープファンでよかった。


■受けられなかった達川氏 北別府氏は「怖かった 言う通り投げてくるから」 (スポニチ)

北別府氏を最もよく知るのは長年バッテリーを組んだ達川氏だろう。「1球へのこだわりがすごかった。(キャンプなどで)ブルペンで投げていても試合以上の気合の入れ方だった」という。
そんな女房役でも「練習では受けさせてもらえんかったんよ。ワシはいい音を出して捕るタイプじゃなかったから」と笑う。実際、北別府の相手は小気味いい捕球音を出して乗せていくのがうまい若手の熊沢(現2軍コーチ)が専属で務めた。
制球力が生命線だっただけに仕上げていく調整は微妙なところにもこだわったという。「軸足のタメから肩の開きなど、変な癖がつかんように1球、1球そりゃきっちり投げていた」という。北別府氏の制球の良さを語るとき、よく球半個分をコースに出し入れできた、といわれたが、達川氏は「ボール半分外れとるなんて言うたら怒られた。縫い目ひとつ分外れとるといわんと」。
そんな投手とバッテリーを組んだが、達川氏は「怖かった。言う通り投げてくるから、打たれたら全部のこっちの責任じゃ」と語った。ただ、同時に打者の弱点や長所が的確に把握でき、配球の勉強ができたという。「わしを育ててくれた最高の投手よ。ペイ(北別府氏)は」と最大の賛辞を送った。

これいい記事ですよね。今回の殿堂入りのニュースで一番読んでいてグっときました。
割と大げさなところのある達っちゃんですけど、この表現はまさに”最大の賛辞”です。
達っちゃん自身の努力もあってあれだけの捕手になったのでしょうけど、こういった素晴らしい投手にも育ててもらったのだろう・・、と彼のコメントから伝わってきます。
私は何度か実際にペイさんの投球は見ていますが、正確なコントロールよりもキレのいい変化球が印象的でした。
それは達っちゃんも指摘しているようにフォームにこだわりがあったからでしょう。
時を超えて私が思っていたことの裏付けをそのあままコメントしてくれました。ストレートも変化球も見破ることが難しいフォームだったのでしょう。
投手として基本中の基本。
マエケンも「それくらいのピッチャーになれるように頑張りたい」とコメントを残しています。
この数日はペイさんのフォームを何度かTVで見ることがあると思います。
カープOBからカープ現役選手へ。何か響き今年何かカタチになるのではないか。何か予感がします。


■福岡だから「おかわり」でなく「替え玉」(ニッカン)

ソフトバンクの“替え玉君”になる! ドラフト4位の白根尚貴内野手(18=開星)が13日、初めてのオフに同期3人と、昼食にとんこつラーメンを食べに行った。あっさりとめんを平らげると替え玉を注文。おにぎり2個とギョーザ10個もペロリと平らげた。おかわり君こと西武中村と同じ巨漢で右の長距離砲。「自分は福岡のチームなので、おかわりではなく“替え玉君”でいきます」と笑顔で宣言した。

ぶはははは。
受験シーズン到来という時期に「替え玉君」はまずいんじゃないかい?(笑)
でもいいセンスしていますね。
日本人で長距離打者は貴重です。実力がそのいいキャラに負けないように頑張ってください。


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Comment
はじめまして。突然の質問で恐縮ですがカープが神宮で優勝決めた日はどれくらいカープファンでしたかね?教えていただけたら幸いですが。
◇花さん
はじめまして。
”どれくらい”というご質問がわからないのですが。
「どのぐらいカープファンが球場を占めていたか?」でよろしいでしょうか?
それならば三塁とレフトは完全にカープファンで埋まりましたよ。
他の意味の質問なら再度いただけますか?
たびたび失礼いたします。どれくらいというのは例えばライト一角以外はカープファンで全て埋まったとかそういう意味ですけどね。ちなみにその試合はライトとか一塁側内野もほとんどカープファンで埋まってたんですかね?
◇花さん
記憶は定かではありませんが、半分はカープファンであと半分はヤクルトファンと一般で優勝を見たい野球ファンだったと思います。
三塁レフトは確実にカープファンがほとんどでした。

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